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京都地方裁判所 昭和34年(行)14号 判決 1964年3月24日

原告 吉村肇

被告 中京税務署長

訴訟代理人 山田二郎 外五名

主文

本訴のうち、被告が昭和三二年六月一四日原告に対し昭和三二年分所得税につきその所得金額を金一、二八五、三〇〇円とした予定納税額通知のうち金七二、一〇〇円を超える部分の取消を求める訴を却下する。

被告が昭和三二年五月一五日原告に対し昭和三〇年分所得税につきその所得金額を金七四三、五〇〇円とした決定のうち金六二二、九九一円を超える部分を取消す。

被告が昭和三二年五月一五日原告に対し昭和三一年分所得税につきその所得金額を金一、二八五、三〇〇円とした決定のうち金一、一九一、七七四円を超える部分を取消す。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを五分し、その一を被告の負担、その余を原告の負担とする。

事実

第一、双方の申立

原告訴訟代理人は

一、被告が昭和三二年五月一五日原告に対し昭和三〇年分所得税につきその所得金額を金七四三、五〇〇円とした決定のうち、金六九、一〇〇円を超える部分を取消す。

二、被告が昭和三二年五月一五日原告に対し昭和三一年分所得税につきその所得金額を金一、二八五、三〇〇円とした決定のうち金七二、一〇〇円を超える部分を取消す。

三、被告が昭和三二年六月一四日原告に対し昭和三二年分所得税につきその所得金額を金一、二八五、三〇〇円とした予定納税額通知のうち金七二、一〇〇円を超える部分を取消す。

四、訴訟費用は被告の負担とする。

との判決を求め、被告指定代理人は、第一次的に

一、本訴のうち、昭和三二年分予定納税額通知の取消を求める部分の訴を却下する。

二、原告のその余の請求を棄却する。

三、訴訟費用は原告の負担とする。

との判決を求め、予備的に昭和三二年分予定納税額の取消を求める部分についても請求棄却の判決を求めた。

第二、請求の原因

一、原告は、昭和三二年五月一五日被告から昭和三〇年分所得税につき所得金額を金七四三、五〇〇円とする等の、また昭和三一年分所得税につき所得金額を金一、二八五、三〇〇円とする等の、各決定を受けたので、昭和三二年六月一二日被告に対し再調査の請求をしたところ、同年八月二二日右請求は棄却され翌二三日その通知を受けたので、更に同年九月一四日大阪国税局長に対し審査の請求をしたがこれも昭和三四年七月七日棄却され翌八日その通知を受けた。

また原告は、昭和三二年六月一四日被告から昭和三二年分所得税につき所得金額を金一、二八五、三〇〇円とする等の予定納税額通知を受けたので、同月二八日被告に対し減額の請求をしたところ、同年八月二二日右請求は却下され翌二三日その通知を受けたので、更に大阪国税局長に対し審査の請求をしたがこれも昭和三四年七月七日棄却され翌八日その通知を受けた。

二、しかしながら原告の昭和三〇年分の所得金額は金六九、一〇〇円で、昭和三一年分及び同三二年分のそれはいずれも金七二、一〇〇円であるから、被告の前記決定並びに通知のうち右各金額を超える部分は違法である。よつてそれぞれその取消を求める。

第三、被告の答弁及び主張

一、(本案前の答弁)原告は昭和三二年分所得税予定納税額通知につきそこに示された税額を争う趣旨で取消を訴求しているが、この通知は、政府が所得税法第二一条以下の規定によりすでに確定している予定納税額(この確定には税務署長の何らの行政行為を要しない)を納税義務者に知らせるだけのものであつて単純な通知行為にすぎないから、これをその税額を争う趣旨で取消訴訟の対象とすることはできない。従つてこの部分の訴は却下さるべきである。

二、請求原因一の事実は認めるが、同二の事実は争う。

三、被告のした各決定は以下の理由により適法である。

1、原告の事業の概況

原告は、肩書住所地において京都不動産交換所と称し主として不動産売買の仲介を業としているものであるが、常時数人の従業員を雇用し、殆ど連日新聞広告をなし、広告された取扱物件だけでも昭和三〇年中二百数十件(合計価額二億六千万円以上)、昭和三一年中六百数十件(合計価額七億一千万円以上)にのぼる膨大なものであり、しかも、通常不動産仲介業者が新聞広告をするのは、特にその物件につき早急に仲介取引を成立させる必要がある時で、且つ委託者の負担において広告掲載の依頼があつた場合に限られるから、実際の総取扱物件は右に表われた数額をはるかに上廻るものである。

2、所得計算の方法

前述のとおり原告の事業は活況を呈しており、所得金額も相当にのぼると推測されるにも拘らず、原告は毎年その所得税につき申告していなかつたので、被告は原告の協力を得て実額による正確な所得計算をしようと努力したのであるが、被告の調査に際し原告は帳簿書類の提示を終始拒み、質問にも一切応答しないなど全く非協力な態度をとつたため、やむなく被告は次のような推計により原告の所得を計算したのである。

3、原告の所得

(一) 資産の増加

原告の資産増加額は、昭和三〇年において二六三、五七八円を下廻らず、昭和三一年において八〇五、三三三円を下廻らない。即ち、原告は株式会社滋賀銀行丸太町支店に吉村紫山(原告の通称)名義の普通預金口座を有しているがこれの昭和三〇年の期首在高は七五五円、期末在高は二六四、三三三円であるから同年中の増加額は二六三、五七八円となり、昭和三一年の期末在高は一、〇六九、六六六円であるから同年中の増加額は八〇五、三三三円となる。そして右預金が原告の所有に属することは、原告が、昭和三二年五月一六日その居住する土地家屋並びにこれに隣接する土地家屋を所有者吉田弥寿子から一、四〇〇、〇〇〇円で買受け、この代金の大部分を同年四月二三日に右預金から引出した一、一三〇、〇〇〇円でまかなつている事実によつて明らかである。

(二) 生計費

原告の年間生計費は、両年度とも各五〇〇、〇〇〇円を下廻るものでない。

その理由は次のとおりである。

(1) 原告の家族は、原告、妻秋子、長女美子(京都市立日吉丘高校美術コース在学)、二女美代子(京都府立朱雀高校在学)、三女美保子(京都市立竹間小学校在学)の五人であるが、総理府統計局の家計調査報告によれば、京都市における前記両年度の一世帯一ケ月平均の消費支出総額、一世帯当り人員、(イ)電気ガス料、(ロ)水道料、(ハ)家賃地代、(ニ)学校教育費はそれぞれ別紙一覧表A欄のとおりであり、これらを原告の世帯と同じ五人家族の年額に換算するとそれぞれ同表B欄のとおりとなる。

(2) 右(イ)(ロ)(ハ)(ニ)の各項目についての原告の支出額はそれぞれ同表C欄のとおりである。

即ち

(イ) ガス料の昭和三一年中の支出額は九、四三四円であり電気料の同年二月以降一二月末までの支出額は一一、六三八円で、同年一月以前の電気料の明細は、関西電力株式会社の内規によつて関係書類が廃棄されているため不明であるが、右明らかな部分から同年中の電気料を推計すると一二、六九六円となる。

(算式 11,638×12/11=12,696)

従つて昭和三一年中に支出した電気ガス料は二二、一三〇円である。

次にこれを基礎とし、家計調査報告の電気ガス料の昭和三〇年対昭和三一年比によつて昭和三〇年中の支出額を推計すると一八、八六七円となる。

(算式 31年電気ガス料×家計調査報告30年電気ガス料/家計調査報告31年電気ガス料=30年電気ガス料

22,130×10,055/11,788=19,867)

(ロ) 水道料の昭和三〇年中の支出額は一、九三四円、昭和三一年中のそれは二、七三〇円である。

(ハ) 家賃地代は、両年度とも、月額三、二〇〇円であるから年間支出額は三八、四〇〇円であるが、家屋の一部を事業の用に供しているので、右の半額一九、二〇〇円をそれぞれ生計費に計上する。

(ニ) 原告の三人の子女がそれぞれの学校で必要であつた費用は、昭和三〇年において長女が一四、一〇〇円(教科書代、文具費を含まず)、二女が一六、六三〇円、三女が二、〇九四円、合計三二、八二四円で、昭和三一年においては長女が一四、一〇〇円(教科書代、文具費を含まず)、二女が一六、八三〇円、三女が五、五四三円、合計三六、四七三円である。

(3) そこでB欄とC欄の各項目の比率(C/B)を計算するとD欄のようになり、これによれば、前記(イ)(ロ)(ハ)(ニ)の各種目の比率が家計調査報告の年間消費支出総額と五〇〇、〇〇〇円との比率をはるかに上廻るから、原告の両年度において支出した生計費は各五〇〇、〇〇〇円を下廻るものでないことが推定され、この額をもつて右各年の生計費と認めて不当でない。

(三) 右に算出した資産増加額と生計費の合計額は昭和三〇年分が七六三、五七八円、昭和三一年分が一、三〇五、三三三円となり、従つて原告の両年分の所得金額は少くともこれを下廻るものでないといえるから、これより低額をもつて所得金額と認定した被告の本件各決定には何ら違法はない。

四、被告のした昭和三二年分所得税予定納税額通知は、昭和三二年六月一日現在で適法に存在していた前記昭和三一年分所得税についての決定における所得金額に基き法定の手続に従つて行つたものであり、右決定における所得金額が相当であることは先に述べたとおりであるから、右通知もまた適法である。

第四、原告の答弁及び主張

一、被告の主張事実のうち、原告が滋賀銀行丸太町支店に吉村紫山名義で普通預金口座を有していたこと及びその金額は認めるが、その余の事実はすべて否認する。

二1、被告主張の仲介業の主体は原告ではなく、その妻秋子であり、原告は夫として妻の右事業を補助し、あるいは取引上名義を貸していたにすぎない。

2、前記預金口座の金は原告のものではなく、すべて原告が他人から預つた金を便宜上一時前記名義で預け入れていたもので、その後全部それぞれの所有者に返還している。被告主張の吉田弥寿子に支払つた不動産買受代金一、四〇〇、〇〇〇円は訴外安田清之助の拠出した金でまかなわれたもので、右預金とは何ら関係がない。

3、なお、被告の主張するような推計方法は合理性を欠くものであり、かかる方法による所得の認定は不当である。

第五、証拠<省略>

理由

一、原告主張の請求原因一の事実については当事者間に争がない。

二、そこでまず、原告の請求中昭和三二年分所得税予定納税額通知の取消を求める部分の適否について判断するに、前項争いのない事実によれば、原告が所得税法第二一条の三の規定により、昭和三一年分所得税につき確定申告書を提出する義務を負つていたことは明らかであるから、被告が原告に対し右のような昭和三一年分の所得金額を基礎として計算した本件予定納税額通知をしたことは、同法第二一条の二及び第二一条の四の各規定によつたものであることはいうまでもない。そこで被告の右通知(ないしはそれに先行する計算)が取消訴訟の対象となる行政処分(課税処分)に該当するか否かであるが、申告納税制度を採る我が所得税法のもとにおいては、納税義務者自身がいわゆる課税標準を決定し、これに税率を適用して税額を算出し、これらを申告(同法第二三条以下の予定申告、第二六条以下の確定申告)することにより一応税額は確定し、この間税務署長の行政処分を必要とせず、ただ予定申告義務者あるいは確定申告義務者がその申告を行わないとき(同法第二四条第二項、第四四条第四項)又はなされた申告が不相当と認められるとき(同法第二四条第一項、第四四条第一項等)にはじめて、政府の調査により、税務署長が行政処分としての課税標準等の決定もしくは更正決定を行い、これに基き納税義務者にいわゆる納税告知を行つて税額を確定する建前となつている。これに対し同法第二一条以下に規定する予定納税の場合においては、納税義務者はいわゆる予定納税基準額の三分の一に相当する金額をその年の七月及び一一月の二期に納付するのであるが、右予定納税基準額は前年分の所得金額に対する同年分の所得税額に基き法定の手続に従つて計数的処理により算出されるにすぎないのである(同法第二一条の二。また同法は予定納税の段階で政府の調査を予定していない)から、その計算の基礎となる所得金額は、前年分の所得金額に相当する額においてすでに一応確定しているものというべく、その確定につき税務署長の何らの行政行為を要しないと解するのが相当であり、また右確定している所得金額に基づき法定手続によつてなされる税額の計算は、観念的に一応確定しているものを事実上確認するにすぎず、従つて予定納税額等の通知は右計算の結果を納税義務者に知らせる単純な通知行為にすぎない(即ち法律効果を伴う納税告知ではない)と解するのが相当であるから、この通知(ないしは算出)行為は課税処分でなく、訴をもつてその取消を求めることはできないというべきである。なお、予定納税において納税義務者が所得金額を前年実績によるとされるために蒙る不利益は、あらかじめ所得税法第二一条の五第一項の承認を受けることによつて避けることができ、また予定納税の性質上、確定申告の段階において是正調整されることが当然予定されており、更にこの段階に至れば再調査、審査の請求、取消訴訟等の手段が与えられているから、右のように解しても納税義務者に酷な結果を来すものでなく、また所得税法が右通知に対する再調査及び審査の請求を許していない(同法第四八条、第四九条)点からみれば、同法もまたこれを課税処分とみていないことをうかがうことができるのである。結局本件訴のうち昭和三二年分予定納税額通知の取消を求める部分の訴は不適法として却下を免れない。

三、次に昭和三〇年分及び同三一年分の各所得税に関する所得金額決定の取消請求部分の当否について検討する。

1、原告の事業とその規模について。

成立に争いのない甲第四号証、乙第一四、第一五号証、証人清岡修、同遠藤伊三務、同吉田得三の各証言、原告本人尋問の結果(但し後記措信しない部分を除く)並びに弁論の全趣旨を綜合すれば、原告は、昭和二六、七年頃東京から妻秋子ら家族の住む肩書住所地に帰住した後、昭和二七年八月頃その居住する二階建家屋の階下全部を使用し京都不動産交換所の名称で不動産及び電話加入権売買仲介業を開始し、昭和三一年七月には京都不動産紳商連盟なる団体の理事長に就任したこと、昭和三二年六月八日従来の個人営業形態を改め不動産及び電話の売買仲介を主たる目的事業とする株式会社大阪不動産交換所を設立し自ら代表取締役に就任したこと、右仲介業は京都市の烏丸通に面しその西側に在る前記店舖において殆ど常に数人の従業員を雇入れ、また多数回にわたり新聞広告をするという方法でなされたもので、その実際の業務は原告によつて行われ、妻訴外吉村秋子は殆ど関与しておらず、従つて右仲介業から生ずる損益の帰属すべき主体は原告であることが認められ、証人安田清之助の証言及び原告本人尋問の結果のうち以上の認定に反する部分は前掲各証拠に照らして措信できず、他に右認定を覆えして、右仲介業の主体は原告ではなくその妻秋子である旨の原告主張事実を認むべき証拠はない。もつとも右営業が妻秋子名義で登録せられていたこともまた前掲各証拠により認められるけれどもこのことは所得税法第三条の二に定める実質課税の原則をまつまでもなく、前掲各証拠に照らし前認定の妨げとなるものでない。

2、被告の推計とその方法について。

右の認定した規模の事業を営む原告に或る程度の所得が存することは見易い道理であり、原告が毎年その所得税について申告をしていなかつたこと、本件各決定にあたつて被告がした調査に際し、原告が右営業の収支を明確に記載した帳簿その他の書類を提示せず、質問にも応じなかつたことは証人清岡修の証言、原告本人尋問の結果によつて認められるのみならず、原告は本訴においても昭和三〇年分の所得が六九、一〇〇円で、昭和三一年分の所得が七二、一〇〇円であると主張するのみで、その計算の基礎となる資料を一切提出しない(原告本人尋問の結果によると原告は、右事業についてさえもその収支を明確に記載した商業帳簿を備えていなかつたことが認められる。)のであるから、被告が原告の所得金額を推計により算出するのは所得税法第四五条第三項の規定に照らし当然であり、またその推計として資産の増加額に生計費を加算する方法を採つたことはその方法自体妥当であつて違法の廉はなく、原告はかかる方法による所得の認定を非難するが、その非難は当らない。

3、被告推定の金額の当否について。

(一)  資産の増加

原告が株式会社滋賀銀行丸太町支店にその通称である吉村紫山名義で普通預金口座を有していたこと、右預金の在高が昭和三〇年期首において七五五円、期末において二六四、三三三円、昭和三一年期末において一、〇六九、六六六円であり従つて昭和三〇年中の増加額が二六三、五七八円となり昭和三一年中の増加額が八〇五、三三三円となることは当事者間に争いがない。

ところで原告は、右預金は原告のものでなく、すべて他人から預り一時前記の名義で預け入れていたもので、その後すべて所有者に返還したと主張し、その立証として甲第二一乃至第二五号証(各領収証)を提出しているが、右各書証はいずれもその成立を認むべき証拠がないから右主張事実認定の資料とすることができず、他にこれを認めるに足る証拠もなく、却つて、証人辻本邦雄の証言により真正に成立したことの認められる乙第一〇号証によると昭和三二年四月二三日右口座から当時の在高一、一三〇、三四一円のうち、一、一三〇、〇〇〇円が引出された事実が認められ、他方証人吉田得三の証言によつて真正に成立したことの認められる乙第一一号証、成立に争いのない乙第一二号証、第一三号証の一乃至四及び証人吉田得三の証言を綜合すれば、昭和三二年五月一六日原告がその居住家屋である京都市中京区烏丸通夷川上る少将井町二三〇番地の一、家屋番号同町六番木造瓦葺二階建店舖建坪一七坪七合一勺外二階一三坪一合三勺、その敷地である宅地四七坪三合四勺及びこれに隣接する土地家屋を所有者訴外吉田弥寿子から代金一、四〇〇、〇〇〇円で買受け、即日その代金全額を支払つた事実が認められ、証人安田清之助の証言中右認定に反する部分は前掲各証拠と対照して全く措信できず、他に叙上各認定を覆えすに足る証拠はない(もつとも前掲乙第一三号証の一乃至四によると、前記各不動産につき登記簿上まず昭和三二年五月二三日付で同月一六日付売買予約を原因とする吉村秋子名義の所有権移転請求権保全仮登記がなされ、次いで同年九月一〇日付をもつて同日付解除を原因とする右仮登記の抹消登記がなされ、更に同日、同日付売買を原因として前記株式会社大阪不動産交換所名義の所有権取得登記がなされている事実を認めることができるが、すでに認定したとおり吉村秋子は原告の妻で、大阪不動産交換所は原告が代表取締役となつている会社であり、また前掲乙第一一号証によれば右の如き登記は単に原告の便宜のためになされたものと認めうるから、かかる登記の存在は前認定の原告買受事実と何ら矛盾するものではない)。そうして右各認定の事実関係によれば、他に別段の事情の認められない本件においては、前記預金から引出された一、一三〇、〇〇〇円は全額前記買受代金一、四〇〇、〇〇〇円の一部に充てられたものであり、従つて前記口座に預け入れられていた金はすべて原告の所有に属するものと推認するのが経験則に合致するところである。

以上の事実によれば、昭和三〇年における預金増加額二六三、五七八円及び昭和三一年における預金増加額八〇五、三三三円は、それぞれその年における原告の資産増加額というべきである。(もつとも右預金増加額のうちには若干の利子額が含まれているであろうことは推察に難くないけれども、この推計は原告の総所得金額のためのものであつて、単にその事業所得のためのものではないから、右利子額を加えた金額をもつて資産増加額とするのは正当である。)

(二)  生計費

(1) 前掲甲第四号証と証人塩崎寿弥の証言によると、原告の家族は原告、妻、長女美子(当時京都市立日吉丘高校在学中)、二女美代子(当時京都府立朱雀高校在学中)、三女美保子(当時京都市立竹間小学校在学中)の五人であることが認められ、成立に争いのない乙第二号証によると、総理府統計局の家計調査報告に示された両年における京都市民の一世帯一ケ月平均の消費支出総額、一世帯当り人員、(イ)電気ガス料(ロ)水道料(ハ)家賃地代(ニ)学校教育費はそれぞれ被告主張のとおり別紙一覧表中A欄のとおりであることが認められ、右各認定に反する証拠はなく、これらを原告の世帯と同じ五人家族の年額に換算するとそれぞれ同表B欄のとおりとなる。

(2) そこで右(イ)(ロ)(ハ)(ニ)の各項目につき原告方の支出額を検討する。

(イ) 成立に争いのない乙第三、第四号証によると、原告が昭和三一年分として支払つたガス料は九、四三四円で、昭和三一年二月から同年一二月までの分として支払つた電気料は一一、六三六円であり、同年一月以前の分の電気料金についての関係書類は関西電力株式会社の内規によつてすでに廃棄されている事実が認められ、これに反する証拠はない。そうして同年一月分の電気料は、二月から一二月までの分の平均額にほぼ等しいと考えるのが相当であるから、これによつて昭和三一年中の電気料を推計すると一二、六九六円となり、結局同年中に支出した電気ガス料は二二、一三〇円となる。

次に昭和三〇年中の電気ガス料については、前掲乙第三号証によりガス料が九、六三四円であることを認め得るが、前認定のとおり電気料を明らかにすべき資料を欠くので、結局右昭和三一年の額を基礎とし前示家計調査報告に示された電気ガス料の昭和三〇年対昭和三一年比によつて推計するのが最も合理的というべきであり、これによれば昭和三〇年中に支出した電気ガス料は、被告主張のとおり、一八、八六七円であると認めるのが相当である。

(ロ) 成立に争いのない乙第五号証によれば、原告の支払つた水道料の昭和三〇年分は一、九三四円であり、昭和三一年分は二、七三〇円であることが認められ、これに反する証拠はない。

(ハ) 成立に争いのない乙第六号証によると、両年を通じ原告方居住家屋の家賃は月額三、二〇〇円であつたことが認められ、これに反する証拠はなく、右によればその年額は三八、四〇〇円となるが、先に認定したように原告はその居住家屋の階下部分を事業の用に供しており、事業所得の算定にあたつては事業遂行に必要とされる家賃等は経費として収入金額から控除されることにかんがみ、本件では、右の半額なる被告主張の各一九、二〇〇円を生計費に計上するのは相当である。

(ニ) 成立に争いのない乙第七、第八、第九号証によれば、原告の前記三人の子女の在学していた各学校において在学生が通常必要とした年間費用は、日吉丘高校で両年とも各一四、一〇〇円(但し教科書文房具費を含まない)、朱雀高校で昭和三〇年が一六、六三〇円、昭和三一年が一六、八三〇円、竹間小学校で昭和三〇年が二、〇九四円、昭和三一年が五、五四三円であることが認められ、これに反する証拠はないから、右の合計額即ち昭和三〇年分三二、八二四円及び昭和三一年分三六、四七三円をそれぞれその年において原告が支出した学校教育費と推認するのが相当である。

以上認定した四項目についての金額は結局被告主張の別表C欄の各金額と一致する。

(3) ところで被告は右四項目につき別表B欄の金額とC欄の金額の比率(C/B)をD欄のように算出し、これらが家計調査報告の年間消費支出総額を五人世帯に引直したB欄記載の三一七、〇七五円(昭和三〇年)及び三三八、七一五円(昭和三一年)に対するC欄記載の消費支出総額五〇〇、〇〇〇円の比率一、五八(昭和三〇年)及び一、四八(昭和三一年)をはるかに上廻ることを理由として、原告の両年中の生計費をそれぞれ右五〇〇、〇〇〇円と認めるのが相当であるというのであるが、家計調査報告における右四項目の合計金額は両年とも消費支出総額の一割にも満たず、しかも消費支出の大部分を占めると考えられる食費、衣服費等についても右の比率が大体あてはまると認むべき証拠は何もない(むしろ食費や衣服費は右四項目に比して世帯による相違が甚しいと考えるのが常識である)から、以上の資料のみでは前記四項目以外の消費支出につき被告主張のような推定をすることはできないのであつて、原告の年間生計費を推定するためには更にその生活状態を明らかにする必要があるところ、これに関しては証人清岡修、同安田清之助の各証言により原告の生活程度はとくにぜいたくでも貧困でもなくまず普通であつたということがうかがえるだけで、これ以上の具体的事実を知らしめる証拠は何もない。そうだとすると被告主張のように原告の生計費中前記四項目以外の部分が家計調査報告の消費支出総額の一、五八倍以上あるいは一、四八倍以上であると推定することは不相当であるといわねばならない。しかし一方において、以上の事実は原告の生計費が家計調査報告に示された京都市民の平均消費支出額を下廻るものでないことを推定させるには十分というべく、従つて原告の年間生計費は前記四項目については別表C欄により、その他の支出については別表B欄により、それぞれ算出したものを合算した金額即ち、昭和三〇年において三五九、四一三円(別表B欄支出総額から四項目の支出額を控除した残額二八六、五八八円とC欄四項目の支出額七二、八二五円との合計額)であり、昭和三一年において三八六、四四一円(前同様B欄残額三〇五、九〇八円とC欄四項目支出額八〇、五三三円との合計額)であると認めるのが相当である。

(三)  右に認定した資産増加額と生計費の合計額は昭和三〇年分が六二二、九九一円(二六三、五七八円と三五九、四一三円との合計額)、昭和三一年分が一、一九一、七七四円(八〇五、三三三円と三八六、四四一円との合計額)となる。そうしてこれら資産の増加をもたらしあるいは生計費をまかなつた他の資金源があつたという主張立証のない本件においては(但し原告本人は、両年においてその生活費の殆どを従前からの「タンス預金」と蔵書を売却した金でまかなつていた旨供述するが、そのような生活方法は社会通念からみて著しく特殊のものというべく他にこれを裏付ける証拠がない以上右供述はたやすく措信できない)、右合計額をもつてそれぞれその年の事業所得を含む総所得金額とすることは前掲1において認定した原告の営む事業の規模からみても不相当に多額であるということはできないから、この金額を以てその総所得と認めるのが相当である。

4、そうすると被告のした右各決定の一部取消を求める原告の請求はそのうち昭和三〇年分については六二二、九九一円を超える部分、昭和三一年分については一、一九一、七七四円を超える部分について理由があるからこれを認容すべく、その余は理由がないからこれを棄却すべきものである。

四、よつて訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条第九二条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 竹内貞次 小瀬保郎 青野平)

別表

消費支出総額

一世帯当り人員

電気ガス料

水道料

家賃地代

学校教育費

昭和30年

家計調査報告

二五、三六六

四・八〇

八〇四

九〇

六九三

八五二

五人世帯年間換算

三一七、〇七五

一〇、〇五〇

一、一二五

八、六六二

一〇、六五〇

原告支出額

五〇〇、〇〇〇

一八、八六七

一、九三四

一九、二〇〇

三二、八二四

比率C/B

一・五八

一・八八

一・七二

二・二二

三・〇八

昭和31年

家計調査報告

二五、五七三

四・五三

八九〇

一〇七

七四六

七三四

五人世帯年間換算

三三八、七一五

一一、七八八

一、四一七

九、八八〇

九、七二二

原告支出額

五〇〇、〇〇〇

二二、一三〇

二、七三〇

一九、二〇〇

三六、四七三

比率C/B

一・四八

一・八八

一・九三

一・九四

三・七五

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